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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)4585号 判決

原告 南里ツル

右訴訟代理人弁護士 飛沢哲郎

被告 鍋島忠士

右訴訟代理人弁護士 小林勤武

右同 香川公一

右同 服部素明

右同 三上孝孜

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち、別紙図面中、(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次結び囲んだ部分(面積四、三二五平方メートル)および(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(ホ)の各点を順次結び囲んだ部分(面積三、二八九平方メートル)の各屋根部分を切除せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は、枚方市北船橋町二一番地、宅地二八〇・〇九平方メートル、同町二〇番二、宅地一二一・四四平方メートル、同町二〇番三、宅地一二八・四六平方メートルのうち、別紙図面(一)中、赤線で囲んだ部分(その地積四八・一三九平方メートル)を除いたその余の宅地につき所有権を有する。

二、別紙図面(一)中、赤線で囲んだ部分の宅地四八・一三九四五平方メートルは被告の所有するものであり、同地上に被告所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)が存在するが、別紙図面(一)表示のとおり本件建物の屋根の一部分、すなわち、(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(イ)の各点を順次結び囲んだ部分(面積四・三二五平方メートル)および(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(ホ)の各点を順次結び囲んだ部分(面積三・二八九平方メートル)が原告所有地との境界線を超えて築造されており、したがって原告所有にかかる前記宅地の所有権を侵害しているので、被告はこれを切除すべき義務がある。よって、本訴請求に及んだ

と述べ、抗弁に対する答弁ならびに反駁として

被告は、原告が被告に対し除去を求める被告所有の本件建物の屋根の庇の部分が些少のものにすぎないから権利行使の正当な範囲を超えると主張するが、かかる安易な判断は許されない。被告所有建物の敷地約四八・一四平方メートルはもと原告所有のものであったが、原告がこれを訴外中川芳夫に売渡した後に、枚方市が昭和四一年一〇月七日右土地を保留地処分にて所有権を原始取得したため、その当時の実体的所有者であった右中川は絶対的に所有権を喪失した。そして、被告が中川からこの土地を買受けたのはその後の昭和四二年七月二五日であるから、右売買は他人の物の売買となるところ、枚方市は、昭和四三年七月一二日所有権取得をしたうえ、原告に対しこれを売り渡しその所有権移転登記手続を了したことにより、中川の被告に対する右売買契約に基づく履行は不能となった。しかし、原告は被告に対して右主張を差し控え、譲歩して昭和四四年六月一五日に原、被告間で和解をして被告所有地の範囲を明らかにしたが、原告は右土地のほか周辺一帯の土地を所有しており、枚方市の都市計画北部土地区画整理事業に基づく仮換地指定処分により原告所有地が約三割減歩されたため、本件土地についても同様に、減歩することになった。右の如く、原告は被告に譲歩して本件土地の所有を認めたが、枚方市をはじめ関係人の手落ちにより右土地のみが歪んだ形でしかも中央位に存するという奇型児が生れることになった。そのため、原、被告間で争われた当庁昭和四五年(ワ)第一、一二三号事件において、被告のため原告所有地上に囲繞地通行権が認められる結果となり、原告所有地は右通路の開設によって寸断された原告の土地利用に甚大な損害を及ぼすこととなった。右の如き背景があるので、原告が被告に対して無理難題を持ちかけたものではなく、むしろ、原告が右の如く大きな犠牲を強いられたこととの法的な権衡からみて原告の主張は不当ではなく、現に被告は従来原告の申入れに対して寛容であったのである。さらに、被告所有の建物の屋根の庇が原告所有地にはみ出していることにより、それぞれ隣接する原告所有建物の用益、例えば、日照、雨水の注瀉等日常の生活面に影響を及ぼすことは明らかであり、将来、隣接の原告所有建物の建替えの時にも原告所有地の円満な使用を妨げることになることも明らかであるから、被告の権利濫用の主張は失当であると述べ(た。)≪証拠関係省略≫

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、請求原因第一項は否認する。

二、同第二項のうち、本件建物およびその敷地が被告所有のものであることは認めるが、その敷地は原告主張以上に広く、本件建物の一部分が原告所有地にかかっている事実はない。すなわち、被告が現在居住中の本件土地建物は、被告が昭和四二年七月二五日訴外中川芳夫より土地付の建物として買受けたものであるが、その土地の広さは二〇坪であり建物は現況より大きいものであった。右中川の前の土地所有者は原告であり、中川は原告より昭和三八年一〇月二五日本件土地を買受け、昭和三九年本件建物を建築したが、被告は中川より購入後、本件建物に対し増築や改築を加えたことは全くなく現在に至るまでそのままの状態で居住し続けてきた。むしろ、その間、原告の横暴な要求によって建物本体西南角の切取りや建物西側に付属していた物置の撤去を強要せられてきたくらいである。したがって被告としては、中川より買受けた二〇坪をそのまま使用しているものであり本件建物が原告の土地へはみ出していることはない。

と述べ、抗弁として、

仮に、原告主張の如く、被告所有地が四八・一三九平方メートル(約一四・六坪)であり、建物の屋根の一部がその境界をはみ出しているとしても、原告は、昭和三八年以降前所有者中川や昭和四二年にそれを買受けた被告に対し何らの異議を述べたこともなく、それから九年以上もたっていやしくも人の居住する建物の屋根のごく一部分が境界よりはみ出していると主張してその切除を要求するなどというのは明らかに権利の濫用であって許されない。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

一、本件建物およびその敷地が被告所有であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右敷地部分、すなわち被告所有の、枚方市北船橋町二一番二、宅地三六・三四平方メートル、同町二〇番四、宅地九・三九平方メートル、同町二〇番五、宅地二・三九平方メートルの範囲は、別紙図面(一)中、赤線で囲まれた部分であり、右部分を除いたその周囲の土地は原告所有の同町二一番、二〇番二、および二〇番三の各土地であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。しかるところ、≪証拠省略≫によれば、本件建物の北側の別紙図面(一)中、(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(イ)の各点を順次結び囲んだ屋根部分(東西一一・八五メートル、南北三六・五センチ)および南側の別紙図面(一)中、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(ホ)の各点を順次結び囲んだ屋根部分(東西七・六五メートル、西側南北六三センチ、東側南北三三センチ)が、原、被告の各土地の境界線を超えて原告所有地上に食み出していることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二、しかるところ、原告は右各土地の所有権に基づき本件建物の屋根のうち右食み出し部分の切除を求めるのであるが原告の右妨害排除請求は権利の濫用であって許されないものというべきである。すなわち、≪証拠省略≫によれば、概略次の事実が認められる。

1  本件建物の敷地はもと原告所有の枚方市北船橋町二一番、二〇番二、および二〇番三の各土地の一部で原告所有地であった。原告は昭和三八年一〇月二五日、本件建物の敷地部分を含む八三坪を訴外中川芳夫に売渡したが、その所有権移転登記は未了のまゝおかれた。当時の右敷地部分および附近の土地状況は空地であり、右中川の買受地はその西側において旧公道に接していた。右中川は買受後の昭和三九年ごろ右旧公道より二メートル離してこれと平行に本件建物を建築して翌四〇年ごろこれに入居し、昭和四一年ごろ、本件建物の北側の買受地に別紙現況実測図①の共同住宅を建築してこれに借家人を入居させた。

2  一方、本件土地周辺は、枚方市の区画整理事業の対象地域となっていたが、原告所有地のうち一部が前記の如く中川に譲渡されているにも拘わらず、右事実が施行者の了知するところとならなかったため、右譲渡地についても原告所有地として右整理事業が進められた結果、旧公道が廃止されてさらに西方に移り、そのため、右中川の譲受地が別紙現況実測図の如く原告所有地のほゞ中心近くに原告所有地に囲繞され、しかも新公道とは斜めに位置するという奇形を生ずるに至った。しかも、原告は昭和四〇年から同四一年にかけてその所有地上に別紙現況実測図②のワカバガクエンの建物(本件建物の東北側)および同図面③の共同住宅(本件建物の東南側)を新公道に沿って建築したため、本件建物は右①ないし③の各建物によっても囲繞される状態となった。なお原告は右各建築後、③の共同住宅に借家人を入居させた。

3  被告は、昭和四二年七月、本件建物およびその敷地部分二〇坪を右中川から買受けるに当り、中川と同道して原告代理人水谷新次郎方を訪れ、右敷地部分の移転登記を直接被告にすること、そして新公道に至るまで原告所有地を通行することの承諾を求めたところ、同人は右登記については区画整理が済み次第これをする旨返答し、通行については本件建物の南側の旧玄関から出入りし原告所有の西南側の空地部分を通行することを承諾したので、被告は同月二五日前記物件を中川から買受け入居した。そして、昭和四三年ごろ右区画整理による西側の新公道が完成し、被告は南側の旧玄関から出入りし原告所有の西南側の空地部分を通行して右公道に出ていた。

4  右中川は、昭和四三年四月一五日ごろ、前記譲受地のうち被告に売渡した二〇坪を除くその余の土地および前記①の共同住宅を原告に売渡した(借家人に対する賃貸人の地位も譲渡された)。その結果、被告買受けにかかる本件建物およびその敷地のみが原告所有地に囲繞せられることとなった。

5  昭和四三年四、五月ごろ、被告は原告に対し本件敷地部分の登記手続を求めたところ、前記水谷は登記事務は停止されていると云ってこれを拒否し、近く本件建物の南西側に共同住宅を建築するので、右建築に邪魔にならないように本件建物の西南角を切取ることを求め、同年一一月ごろ右建築工事に着工した。右工事のため、被告は南側の旧玄関から出入りすることが出来なくなり、西側の勝手口から物置を通って出入りせざるを得なくなり、さらに、被告は登記を得たい一心から原告の前記切取りの申出を承諾したため、翌四四年二月ごろ、原告は工事人を差し向け、本件建物の台所に当る西南角東西一メートル九三センチ、南北八二センチを三角形状に切取り、その工事費用金五万円を被告に支払わせた。しかし右切取り後の修復工事が不完全であったため、本件建物は雨漏りがしており腐りかけた個所がある。そして、原告は、右切取らせた部分一杯に別紙現況実測図④の共同住宅を建築し同年四月完成させた。

6  そこで、被告は昭和四四年九月ごろ再度原告に対し移転登記を求めたところ、原告は、本件区画整理事業によって原告所有地が三割減歩されたからといって被告所有地についても三割減歩を主張し一四坪とすることを要求した。被告は当初これを拒否したが、結局、本件建物を削らないですむぎりぎりの面積の一五坪で譲歩し、その費用で測量士をして右一五坪を測量させ、ほゞ現在の被告所有地の範囲を確定した。右測量図によると、本件建物の西側の被告の物置は被告所有地外に位置することになったので、原告の除去請求によってこれを撤去したところ、原告は同年一一月ごろその跡地に自己所有の物置を本件建物の軒一杯に接して建て被告が前記勝手口から出入りできないようにし、被告に対し別の場所に玄関をつけることを求めたため、被告はやむを得ず、本件建物の東南隅の床の間を落して新らしく玄関を作り、以後、東側の原告所有地とその東隣の第三者所有地を通行して南北の公道に出ていたが、第三者からは格別異議の申出はなかった。

7  ところが、その後、被告は前記水谷に呼ばれ、右通行料として月額五、〇〇〇円を支払うよう請求されたため被告は、いつまでも登記をなさず次々と難題を吹きかけてくる原告の態度に耐えかね、法律相談などを経た上、昭和四五年三月、原告に対し右登記請求および通路開設の訴を当庁に提起した。右提訴後、原告はその所有地のうち、右通行権の対象となっている土地部分に簡易車庫を建築完成したため、被告は同年五月断行の仮処分執行によりこれを排除したが、これを激怒した前記水谷は被告の妻に対しすごい剣幕で詰めよったことがある。昭和四七年一〇月二七日、当庁により原告に対し被告所有地につき所有権移転登記手続を命ずる外、西側に通路開設を認める判決がなされ、右確定判決により、ようやく前記一の如く各分筆の上、被告名義に所有権移転登記が経由された。しかして右審理の終結直後、本訴が提起されるに至った。

8  本件建物の敷地の当初の二〇坪の範囲、特に原告所有地との境界は前記中川と水谷との間の現地の合意で決定されてその境界に木杭が打たれており、本件係争の越境の屋根部分も当然その買受地の範囲内にあったが、前記の如く原告の求めによりこれを一五坪弱に減少させたことによりその屋根部分の一部がその境界線を食み出す結果となった。したがって本件敷地部分が一五坪弱に減少させられる以前は勿論、その後、本訴提起まで右屋根部分の越境について原・被告間において問題とされたことはなく、周囲の共同住宅の居住者から苦情を申出られたこともなかった。実際、本件屋根部分と共同住宅の屋根部分が重っていたり、又はそれ自体によって具体的な被害が発生した事実は全くない。むしろ、原告の本訴提起の真意は、被告が原告所有の土地を通行することによってその土地利用が著しく阻害されるとの被害意識から、対抗して本訴提起に及んだものである。

以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

右認定事実により明らかな如く、本件屋根部分の越境は極めて僅少であるのみならず、原告にはその切除を求める差し迫った必要性は全くないのである。原告は法的権衡を云々するが、本件の如き奇型地が生ずるに至った原因がどこにあるか、又は本件敷地部分が保留地であったか否かに拘わりなく、原告が訴外中川に本件敷地部分を売却した以上、右中川又はさらに転買した被告に対して売主として完全な敷地を取得させる義務は免れないのであって、被告に対し本件敷地部分を確保し、且つ自己所有地上に囲繞地通行権を認めることは原告にとって当然の義務であり何ら犠牲ではない。他方、被告は原告の前記の如き身を削られるような要求を入れて本件建物を縮少した外は積極的に増改築したことは一切なく、本件越境についても、原告の減歩要求に応じたために本来越境でなかったものが越境となったものであり、被告は右越境について全く責任がない。被告に何らかの責任があるとすれば、本件の如き将来問題を生ずる奇型地を承知の上で買受けた点であるが、この点についても、被告は右買受前に一応原告に対し了解を求めたのに対し、原告はこれに反対しなかったのであり被告には責任がない。さらに、もし原告主張の如く本件屋根部分を切除するならば、一部全く屋根の庇がない部分が生じ、そこからの雨漏りにより建物全体の効用を著しく低下させるであろうことは、前記の本件建物の西南角の切り取りの例からみても容易に推認されるところであり、又切除費用およびそれにともなう修繕費用も多額になるであろうことが推察されるところ、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四三年一一月に脳溢血で倒れて以来、言語障害で、原告との交渉は妻の鍋島キツがなしてきたものであるが、同人は生命保険の外務員として稼働して一家の生計をたてているものであり、被告には充分な資力がないことが認められ、被告にとって原告の本訴請求は無理難題といわざるを得ない。以上、諸般の認定事実を総合すれば、原告の本訴請求は権利の濫用として許されないものというべきである。

三、してみれば、原告の本訴請求は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久末洋三)

〈以下省略〉

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